PRODUCTION SIDE
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「とりあえず3案くらい作ってもらえますか?」この一言に、デザイナーの心がざわつく。デザインはアイデアをひねり出し、試行錯誤を重ねて生み出すもの。「軽く3案」という言葉の裏には「そんなに大変じゃないでしょ?」という無意識の思い込みがある。
しかし、実際にはデザインを作る工程にはリサーチ、ワイヤーフレーム作成、配色設計、フォント選定、レイアウト調整などが含まれ、それぞれに時間と労力がかかる。特に、方向性が決まらないまま複数案を求められると、どれも中途半端になり、クライアントも決めきれず無駄な工数が発生しやすい。
では、なぜこのような事態が起こるのか? どうすれば回避できるのか? 実際のケースを見ながら解説していこう。
複数案を提示した際、クライアントから「A案のボタン」「B案のレイアウト」「C案のフォント」を組み合わせたものにしてほしい、という要望が届いた。一見“良いとこ取り”のように聞こえるが、実際には全体のバランスやデザイン意図を無視した無茶なリクエスト。結果として、各案の特徴を中途半端に盛り込んだことで、全体がちぐはぐな印象に。
まるでラーメンにチャーシュー・煮卵・海苔・ネギをすべて盛った“全部のせ”のように、豪華そうで実は味のバランスが崩れた一杯。
「気に入ったパーツを混ぜれば良いものになる」という誤解が、制作の根本を揺るがす。
要望に応じて3案のデザインを作成し、打ち合わせを重ねながら検討を進めていたが、最終的に選ばれたのは、最初に出した案だった。「やっぱりこれが一番しっくりきますね」と納得は得られたものの、その結論に至るまでに費やした時間と労力は無視されがち。現場としては、「最初の段階で十分良いものを出していた」という手応えがあっただけに、無駄に思える往復が悔やまれる。
プロセスを重ねること自体が悪いわけではないが、「戻るための回り道」が工数として計上されない現実が、制作側にとっての苦しみとなる。
初回提案に「なんか違う」と返され、その後も明確な指示なく修正のループに突入。「まだしっくりこないので、もう少しバリエーションを」と追加要求が続き、制作側だけが労力を積み上げていく。もちろん、ここまでの工数に対する追加費用はゼロ。“提案は無料”という暗黙の前提が、当然のように通っている。
これは例えるなら、飲食店で料理を注文し、出てきた料理をひと口食べて「イメージと違うから、無料で別のメニューにして」と言っているようなもの。通常の社会では通用しない行為が、なぜかクリエイティブ業界では“当然の権利”のように振る舞われてしまう。
提案は“買い物”ではなく“共創”のはず。なのに、その関係が崩れると、現場だけが赤字と疲弊を背負うことになる。
デザインは「考える工程」が最も重要であり、手を動かす前のリサーチや設計に多くの時間を費やす。したがって、複数案を作ることは単にデザイン作業が増えるだけではなく、それぞれの案に対して同じプロセスを繰り返すことになる。
また、クライアントや営業が「3案あれば選びやすい」と考えていても、逆に選択肢が増えすぎることで決定に時間がかかることもある。さらに、「A案の配色、B案のレイアウト、C案のフォントを組み合わせて」などと細かい要望が出てしまうと、結果的にすべてを作り直すことになり、非効率な作業が発生する。
このような問題は、最初にしっかりと方向性を固めることで防ぐことができる。
契約時に「デザイン案は1案(または2案)まで」と明記し、追加案が必要な場合は別料金とする。
事前にクライアントの要望や参考サイトをヒアリングし、デザインの方向性を絞り込む。
いきなりデザインを作るのではなく、ワイヤーフレームや簡単なラフを提示し、方向性を明確にしてから本制作に進む。
「何案も出すことで決めやすくなる」という思い込みを捨て、より確信を持って提案できる形を目指す。
デザインを複数案作ること自体は悪いことではないが、やみくもに数を増やすことが良い結果につながるとは限らない。むしろ、余計な工数が発生したり、決定が遅れたりすることでプロジェクト全体に悪影響を及ぼす可能性がある。
大切なのは、「なぜ複数案が必要なのか?」を明確にすること。そして、クライアントや営業と適切なコミュニケーションをとりながら、最初の段階で方向性をしっかり固めることだ。
このルールを意識するだけで、デザインプロセスはもっとスムーズになり、関係者全員にとってより良い結果につながるだろう。