PRODUCTION SIDE
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「競合よりカッコよくして!」言葉だけ聞くと、前向きでやる気に満ちた依頼のように思えるかもしれない。しかしこの一言、制作者にとっては非常に厄介な“抽象指示”の代表格だ。
「カッコいい」とは一体何を指すのか? デザイン性? 色使い? 動き? それともブランドイメージ?——人によって感覚も基準も異なるこの言葉を軸に、制作を進めるのは、まるで霧の中を地図なしで進むようなものだ。
こうした曖昧なリクエストは、制作側の時間と手間を膨大に奪うだけでなく、クライアント自身も仕上がりの良し悪しが判断できず、ゴールが迷子になりがちだ。今回は、そんな「カッコよくして」地獄の実態を、実例とともに紐解いていく。
「このページ、Appleみたいな雰囲気にしてほしい」と言われて見てみたら、圧倒的なプロダクト撮影、精緻なライティング、UI設計もすべて一流のチームによるApple公式サイト。にもかかわらず、「この感じでお願いします」と素材も情報量も圧倒的に不足した状態で同等のクオリティを求められる。結果、泥沼の期待値調整フェーズに突入。
初稿を提出すると「もっとスタイリッシュにして」と曖昧な修正依頼。再提出しても「もうちょっと洗練された感じで」とさらにふんわりしたフィードバック。続けて「もう少し“今っぽく”できないですか?」と方向性が定まらないまま修正が続く。「スタイリッシュ」「洗練」「今っぽい」など抽象的なキーワードだけが飛び交い、何が正解か分からないままやり直し地獄にハマっていく。
競合Aよりも先進的な印象でいきたい」と言われて調べてみると、その競合サイトは驚くほど保守的で古いレイアウト。にもかかわらず、イメージだけで「うちの方がかっこよく見えるように」との指示が続く。結果、「先進的」や「スタイリッシュ」という言葉だけが先行し、サイトの方向性がどんどんブレていく。言葉だけが独り歩きして、軌道修正が難航する典型パターン。結果:「先進的」も「カッコいい」もイメージだけが先行し、方向性が迷走。
「カッコよくして」という依頼の難しさは、まず“カッコいい”の定義が人によって全く異なることにある。
また、競合のサイトの構造・コンテンツ・ブランディングが明確であるほど、それを「超える」には明確な差別化戦略が必要になる。しかし多くの場合、「カッコよくして!」の裏にはそうした戦略的背景がなく、感覚的なイメージだけが先行してしまう。
制作者側も、なんとかクライアントの意図を読み取ろうと努力するが、判断基準が曖昧なままでは「正解」にたどり着けない。結果、修正回数が増え、工数が膨れ上がるケースが多発する。
参考サイトを複数提示してもらい、何が「カッコよく」見えるのかを具体的にヒアリング。色味・フォント・動き・余白感など、要素ごとに分解して確認。
デザインだけでなく、情報構造や導線の違いも整理して、何を“勝っている”とするのかをクライアントと共有する。
事前にワイヤーフレームやコンセプトを共有し、「カッコいい=使いやすさも含めたブランディング」と定義づける。
「かっこいい」「スタイリッシュ」「今っぽい」などの表現は、すぐにヒアリングで具体化して、認識のズレを防止。
「カッコよくして!」という依頼は、一見シンプルでポジティブに聞こえるが、そのまま受け取って動き出すのは危険だ。ゴールが曖昧なまま進行すると、無限のやり直しと齟齬に繋がり、関係性にも悪影響を及ぼしかねない。
重要なのは、“見た目”の話で終わらせず、「どのような印象を、どんなユーザーに与えたいのか?」という本質的な目的に立ち返ること。そして、具体的なビジュアルイメージや比較基準を共有し、共通認識を持って制作に取り組むことが、抽象地獄から抜け出す鍵となる。
このプロセスを丁寧に踏むだけで、クリエイティブの迷子になるリスクは格段に下がる。抽象的な言葉に振り回されない、賢い進行を心がけよう。